
まさか自分が酪農家に 異業種から未知の世界へ
酪農家になる人は、代々酪農に従事している家に生まれ、親から事業を継承するパターンが一般的。世間ではそんなイメージを持っている方が多いかもしれませんが、実際には酪農家になるためのルートはさまざまあります。例えば、会社員として違う業界で働いていた人が、転職を経て酪農家になるというケースも増えてきています。
野口旭洋さんは、2018年に異業種から雇用就農を実現した人。元々繊維を扱う商社で働いており、酪農とは全く無縁の生活を送っていましたが、牧場の法人経営をしていた叔父から「新しく牛舎をつくりたい」と将来像を聞いたことが転機に。父親の会社を継ぐため地元に戻っていた野口さんでしたが、その熱い志に心を動かされ、異業種から叔父とともに酪農家という新たな道へ進むことを決意します。
「小さいころに牧場へ遊びに行って、牛と触れ合うことはありました。だけど、まさか自分が酪農の仕事に携わることになるなんて…!」と、当時を振り返ります。酪農に関する知識はほとんどゼロの状態からのスタートでしたが、牧場での現場実務を通して経験を重ねていくうちに、酪農業界ならではのシステムや取り組みに対して、ビジネスとしての面白さを感じるようになっていきました。

意外な経験が役に立つ
前職の繊維業界では、営業職からマネジメントまで幅広く業務を担ってきた野口さん。これまでの経験が酪農経営にも大いに役立ったといいます。
まずは、企画やマーケティングのノウハウです。就農して2年が経った2020年、叔父との夢である新たな牛舎づくりのプランが動き出します。
「搾乳を自動で行うロボットの導入やデータ収集・活用によって仕事を最大限に効率化し、スタッフにとっても牛にとっても、よりストレスの少ない新時代の牧場に変えていきたい」。
そんな想いを胸に、北海道から九州まで全国各地を巡って牧場を見学。企画やマーケティングに欠かせない〝情報収集力〞を発揮していきました。
さらに、偶然にも力になったのが、店舗設計の経験です。前職では衣料販売店の立ち上げに関わったことがあり、牛舎とは規模感は異なっていたものの、そのノウハウは計画を進める上で大いに役立つこととなったのです。
2022年には、ついに念願だったロボット搾乳牛舎が完成。環境の急激な変化による事故を防ぐため、段階的に搾乳牛の頭数を増やし、翌年には飼養頭数が600頭を超える牧場(北海道・岩手・福島の育成牧場での預託を含めると1200〜1300頭規模)として、新たな一歩を踏み出します。

人育ても酪農経営には必要
もう一つ役に立ったのは、前職で培ったマネジメントの知見です。専務取締役に就任後はさらなる人材の採用と定着を目指して、業務のマニュアル化や勉強会の実施、新人教育の充実といった取り組みを導入。経験やスキルに応じて役職に就き、キャリアアップできる社内制度も創設しました。
また、それぞれのスタッフが研修期間に複数の仕事を経験するジョブローテーションを取り入れ、仕事を「点ではなく線」として俯瞰的に捉えられるようにもしています。そこには、「スキルをどんどん上げてもらって、やりがいもお金も得られるようになればいい。若者にとって、酪農がもっと魅力的な仕事になればうれしい」という野口さんの人材育成への想いが込められています。
外国人技能実習生のサポートにも力を入れており、実習生は言語の壁を乗り越えるために、入社後1年間は野口さんと毎日「日本語での交換日記」をしています。これは、野口さん自身が会社員の新人時代に、社長と交換日記をしていた経験から着想を得たアイデア。この交換日記を通して実習生は言葉だけでなく、仕事の段取りや判断力を身につけることができ、先輩実習生が後輩に指導を行う好循環も生まれているそうです。
牧場ではさまざまなバックグラウンドを持つ人たちが働いていますが、実は副牧場長として活躍する弟の野口正雄さんも異業種からの雇用就農組メンバーの一人。業務の中心を担う若い年代のスタッフも着実に増えています。

機械と人 お互いの力を生かすことが大切
ロボット牛舎が完成し、現在では群馬県の真夏の暑さにも負けない快適な飼養環境を整えている同牧場。ロボット搾乳の最大のメリットでもある搾乳作業時間の短縮で現場スタッフたちの負担を減らし、2〜3人で約330頭の搾乳牛の管理が可能になりました。
また、搾乳ロボットによって牛の状態を数値やデータで可視化し、異変を素早く察知。パソコンやスマートフォンを日常的に使いこなす若い世代にとっては、新しいシステムやデータの管理はお手のもので、安心して任せられているそうです。「働く人にとっても手間がかからず効率的で、牛にとっても搾ってほしい時に搾ってもらえる。牛と人、どちらにもストレスのかからない牛舎になってきたと感じています」と、野口さんは確かな手応えを語ります。
一方で、「完全な機械化に頼りきるのではなく、人の視点も組み入れた運用がベストである」との結論にたどり着いたとも。「頭数が増えたことで分娩の介助など、ロボットで代替できない他の業務の重要性はますます高まってきています。ロボットはあくまで健康な牛の搾乳を効率化するもの。体調を崩している牛は、スタッフがパーラーで丁寧にケアする必要があることも分かってきました」と野口さんが説明するように、機械と人、双方の力を生かすことが、これからの酪農にますます求められそうです。

チャレンジは終わらない 誰もが夢を見られる牧場を
牧場では現在、新たな取り組みとして「堆肥のペレット化」に挑戦中。「大手企業が取り組みにくいニッチな領域にこそ、チャンスがあると思っています」と今後のビジョンを笑顔で話す野口さん。高騰傾向にある化成肥料に代わる安価で質の良い肥料の研究開発プロジェクトを、大手化成肥料メーカーと共同で進めています。
日常の業務に加え、和牛生産の割合拡大や6次産業化の展開なども視野に、新規ビジネスの種もまく日々です。
「企画・マーケティング・生産・販売までの複雑なプロセスがある繊維業界と比べて、酪農業界のビジネスモデルはとても明確でシンプルなものでした」と野口さん。繁殖方法や餌などさまざまな選択肢を試行錯誤しながら、自分なりの答えを発見すること。牛への愛情はもちろん大切にしていますが、工夫の余地がまだまだ残されている酪農の「商売」としての奥深さに、ますます魅力を感じているそうです。
「ドローンやAI(人口知能)の活用などによって、これまでに想像もできないような働き方が生まれていくかもしれません。もっと自由な発想で、夢を叶えられる酪農をやっていきたいですね」。
違った視点があれば、きっと新しいアイデアを生み出せるはず。異業種のビジネスの現場で培った経験を糧に、酪農というフィールドで常にチャレンジしてきたからこそ語ることのできる、未来へのポジティブな言葉。今日もアラトデイリーファームでは、野口さんを中心にスタッフが一丸となって、酪農の可能性を広げる挑戦を続けています。

