
スポーツ一筋だった毎日 牛との触れ合いが運命を変えた
青森県内でも酪農業が盛んなエリア、六ヶ所村。人口約1万人の自然豊かな村で活躍している酪農家の中でも、ひときわ若い世代の経営者がいます。
對馬響子さん。青森県営農大学校時代に酪農業と出合ったことがきっかけで酪農家を目指し、業界との関わりはすでに10年以上のキャリアがあります。酪農家になるための王道を着々と歩んできたように見える對馬さんですが、その背景には彼女ならではの意志の強さ、そして自分自身との〝約束〞があったのだと感じられます。
実は對馬さんは、アイスホッケーに打ち込んでいたアスリート。競技のために、地元・秋田県から県外の高校(青森県八戸市)に進学しました。大好きだったアイスホッケーに打ち込み、競技生活を完全燃焼しましたが、自身が求める成果に到達できなかったという思いも残っていました。その経験を糧に「新たな世界で目標を成し遂げたい」と感じるようになったのが、酪農経営者としてのベースになっています。
「酪農に興味を持ったのは、偶然選んだ進学先が営農大学校だったからなんです。それまでは正直、酪農に対するイメージがほとんどなくて」と、率直に語る對馬さん。実際に営農大学校で家畜を飼育するようになると、牛のかわいさに心を奪われ、だんだんと気持ちに変化が生まれてきたのだとか。動物園の飼育員を目指そうと、漠然と考えていた将来像。そこに、酪農家という魅力的な選択肢が登場することになったのです。

現場でしか学べない答えがある
酪農家という職業をさらに意識したのは、営農大学校2年生の時に参加した農家実習がきっかけでした。2週間にわたり住み込みで酪農家の作業を手伝う実践型のカリキュラムでしたが、この実習の派遣先だったのが六ヶ所村にある牧場だったのです。
この時の様子が新聞で取り上げられ、記事を読んだ六ヶ所村の農林水産課の担当者との接点が生まれます。そして営農大学校を卒業した2016年、六ヶ所村の農業支援員として就職。念願だった、酪農家としてのスタートラインに立ちました。
3年間の農業支援員時代には、合計12戸の酪農家の業務サポートに従事。それらの経験から学んだのは、実作業でのノウハウはもちろんのこと、経営者としての視点です。
「例えば、同じTMR(混合飼料)を使っていても、牧場によって搾乳する乳量が全然違うんです。酪農家によって、持っている引き出しは本当にさまざま。どうやって稼ぐのかという、お金への向き合い方も異なります。まるごと生かせるかどうかは別として、酪農経営のバリエーションを直に体験できたことは、とても勉強になりました」
同時に、酪農という産業の裾野の広さ、地域との関係性にも着目します。酪農家だけでなく、農協、役場、飼料業者など、たくさんの人々のつながりによって村の経済が成り立っている。そんな産業としてのスケールの大きさを、現場でのやりとりを通して、あらためて実感させられたそうです。

海外に飛び出し、さらなる経験を
そして2019年、もう一つの転機が訪れます。酪農の本場、ニュージーランドでの修行生活です。学生時代から放牧酪農への憧れもあり、今後につながる人生経験を積もうという決意の下、単身で海外へと旅立ちます。
「短期間であちこち牧場を経由しながら、各地を巡っていました。牧場だけではなく、野菜を育てる農場で働いたり、合わせて14の施設でお世話になって。ニュージーランドの酪農家は、職業として選択しやすく身近な存在。若い人がたくさん働いていて、国境を越えても栄えている酪農業の可能性って、やっぱりすごく大きいんだなと」。
ちょうどコロナ禍の時期だったこともあり1年間の短い滞在となりましたが、日本とは異なる酪農文化を目の当たりにして、未来に関する多くの気づきやヒントを得ることとなります。
独立するなら、慣れ親しんだこの村で
帰国後は、再び六ヶ所村で農業支援員として働く日常へと戻りました。「これまで培ってきた知識や経験を、自分の手で試してみたい」と思い始めていたタイミングで、あるニュースを耳にします。それは、以前の派遣先だった酪農家の藤谷賢一さんが、引退を考えているという一報でした。「いつか独立するなら、六ヶ所村で」と考えていた對馬さんは、経営移譲の可能性を探るため、さっそく動き出しました。
六ヶ所村でもトップクラスの経営力と優れた乳質で知られ、面識もあった藤谷さんとの縁を取り持ってくれたのが、旧知の仲だった役場の担当者。離農に向けてすでに半数ほどの乳牛が手放されていましたが、スピーディーな対応のおかげで、売却を一旦ストップしてもらうことができました。
第三者継承の手続きを進める上で最も大変だったのが、資金の調達。六ヶ所村や農協の職員からの手厚いサポートを得て、資産の評価や関連書類の作成を進めつつ、日本政策金融公庫の融資制度である「青年等就農資金」「経営体育成強化資金」を申請し、無事に融資を受けられる環境が整いました。
そして、2022年1月1日。ついに、『對馬牧場』として開業。プライベートでは前年の12月に結婚し、公私ともに新たな船出を迎えます。
「ゼロからすべてを組み立てるよりも、初期投資が抑えられて、すぐに収入へとつなげられる。牛舎や乳牛だけでなく、TMRセンターで製造される飼料を給餌できる環境が整っていたことも助かりました」と、第三者継承のメリットを語る對馬さん。先代の藤谷さんは言葉で多くを語るのではなく、背中で教えるタイプの酪農家だったそう。約半年間の引き継ぎの期間も含めて、現場で作業をする中で学んだ知見や牛に対するまっすぐな愛情は、『對馬牧場』にもしっかりと受け継がれています。

データ分析が成長へのカギ 家族経営のスタイルで歩む未来
現在、特に力を入れているのが乳牛の安定した分娩です。乳量をキープするために、繁殖管理(※1)に牧場ならではの強みを見出しています。モットーとして掲げているのは、学生時代に聞いた「繁殖を制するものは、酪農を制する」という言葉。経営者の立場になったことで、より深くその意味を実感できているそう。月1回の検診をはじめ、オブシンク法(※2)も活用しながら、分娩間隔がなるべく短くなるように調整を行っています。
さらに、ゲノム検査(※3)のツールを導入し、それぞれの牛を特徴付ける形質(※4)情報を解析して分かりやすくデータ化。これまでの経験に頼るだけではなく、客観的で具体的な数値をフル活用した的確な判断が、収益性を高める牛群改良の取り組みを支えているのです。
柔軟な発想を持って牧場を自分らしく発展させるビジョンはありながらも、目指したいのはあくまでも地に足の着いた酪農経営。家族との生活を中心に、幼い子どもの成長も見守りながら、経営者としての道のりを着実に一歩ずつ歩んでいます。
「たくさんのご縁やタイミングが積み重なったおかげで、今の對馬牧場があります。酪農と出合えた学生時代のように、これからも迷った時は、とりあえずやってみよう! の精神で。挑戦する若い酪農家が、もっと増えたらいいなと思っています」と、笑顔で語ってくれた對馬さん。自分との約束を違えることなく、地域に根ざしたご夫婦の夢を形にするチャレンジは、これからも続いていきます。

