-
経営移譲農家の声小林 哲夫
在住:神奈川県 年齢:70歳 ※年齢は取材時
(2021年12月) 夫婦で営んできた牧場を、2021年に第三者継承して引退しました。経営移譲農家の声小林 哲夫在住:神奈川県 年齢:70歳 ※年齢は取材時
(2021年12月) 夫婦で営んできた牧場を、2021年に第三者継承して引退しました。誇れる牧場、価値あるままに継承できた喜び
神奈川県で父が開拓した共同牧場を50年にわたり守り続けてきた小林哲夫さん(70歳)。希少な都市近郊型酪農で価値のある牧場を残すため、第三者継承の道を選びました。信頼できる継承者との出会い、移譲後の今の思いを聞きました。
父の事業を継ぎ、
夫婦で守ってきた牧場神奈川県の屋根、丹沢山地を仰ぐ秦野市で、夫婦二人三脚で酪農を営んできた小林哲夫さん。酪農歴は自身が50年、妻は45年。父が始めた共営牧場を継ぐのは責務と考えて農業高校を卒業して酪農の道を歩んできました。牛舎規模は54頭。繋ぎ飼いで牧草地はなくすべてを購入飼料でまかなう都市近郊型酪農です。
「新鮮な生乳がここからすぐ近くの足柄乳業に届けられ、神奈川県産の牛乳として売られているのはすごく誇りに思っている」と小林さんは語ります。これほどいい環境にある牧場を閉じてしまうのはもったいない。第三者に継承しようと考えたのは、周囲の酪農家が高齢や病気で仕方なく辞めていくのを見て、自分の体力が落ちてからでは牧場の価値を守ることができないと思い、70歳で区切りをつけることを決めました。
「自分の子どもに継がせようと考えたことはなかったな」と小林さん。自身は親の意向で酪農をやらざるを得なかったので、息子と娘にはやりたいことさせたいと思っていました。神奈川県や秦野市に依頼して後継者を探していましたが、県には第三者継承の先例はなく、継承希望者は現れませんでした。3、4年経ったある日突然、飼料会社の紹介で継承希望者がやって来ました。県内近郊の牧場に勤めていた小川祥吾さん(32歳)です。
継承者への信頼を深めた、
引き継ぎのための半年間継承希望者の小川さんは、小林さんが卒業した農業高校の後輩にあたり、大学で酪農を学び、県畜産技術センターに6年間勤めた後、酪農家で従業員として経験を積んでいました。「経歴は申し分ないし技術的にも大丈夫。牛が好きだというので、それが一番の理由だね」と継承してもいいと思った理由を振り返ります。「だからと言って明日からやるのは無理。機械のこともあるし、牛はそれぞれに個性があるからそれも教えなきゃならない」と小林さん。2021年4月の経営移譲までの半年間、小川さんに従業員として牧場に入ってもらいました。その間に県が事務手続きを支援してくれたことが継承の大きな助けになりました。
「こういうときはこうすると研修で全部さらけ出して教えたけど、牛の世話をする技術と経営管理の技術は別だからね」と話す小林さん。小川さんが認定新規就農者の認定を受けるのに苦労している姿も見てきました。半年では実例がなく教えられなかったことの一つは牛の病気。他にもわからないことはたくさん出てくるでしょう。
「後からわからないことが出てきても私に聞いてもらっては困る。牛に何かあったら獣医さんに聞け、困ったことがあったら行政機関やJAへ行け」と言ったのは、経営者として独り立ちしてほしいからこそ。小川さんへの信頼の証です。
幸せな形で責務を果たせた。
次の人生を楽しもう2021年4月に牧場の経営を譲渡した小林さん。約8カ月ぶりに牛舎を訪れると、「牛たちがなんでお前牧場に来ないんだという顔で見ていたよ」と、少し寂しそうに話しながらも気持ちは晴れやか。「彼は乳用牛の自家繁殖に取り組んでいて、その技術は私より上だね」と継承者に期待を寄せます。
父の代に5戸で始まった共営牧場で現在残っているのは3戸。その一つが小川さんが継承している「リトルリバーファーム」です。「水道や浄化槽などの施設を共同利用しているので、私が辞めても継承してくれる人がいて負担をかけなくてよかった」と責務をまっとうできたことにも満足です。他の2戸でも代替わりが進み、誇りある酪農地が次の時代へ向かっています。