
憧れの酪農家を目指し、業界でそれぞれの経験を
福島県の中通り南部にあり、農業と林業が盛んな塙町。中心部から車で20分ほど山を登った先にあるのが、髙橋帆乃佳さん・純真さん夫婦が新規就農で営む『らっきーべこファーム』です。
二人の地元は埼玉県で、非農家出身。「大好きな動物に関わる仕事がしたい」と入学した日本獣医生命科学大学で出会いました。帆乃佳さんは大学在学中の牧場実習で酪農家の仕事を目の当たりにし、「こんなにかっこいい仕事なんだ。自分で経営するのも面白そう」と感じ、酪農家を目指すことに。当時からお付き合いをしていて帆乃佳さんの熱い思いを聞いていた純真さんは、「彼女を応援し、一緒に酪農をやろう」と決意を固めたといいます。
大学卒業後、二人は手探りで酪農家になる〝下積み〞を始めました。帆乃佳さんは大学院に進学し、酪農経営と牛の繁殖に関する研究を。修了後は全国酪農業協同組合連合会(全酪連)に就職営業担当として群馬県の牧場を巡回訪問。飼料の販売などを通して酪農家をサポートする仕事に従事します。
一方で、純真さんは「さまざまな牧場を見て牛を扱う経験を」と、牛の削蹄をする会社に就職。さらに社長に直談判し、酪農家の作業全般を経験するため、酪農ヘルパー事業部も立ち上げました。

全酪アカデミーとの出合いが夢を一気に現実のものに
精力的に活動していた最中、二人の夢を加速させるニュースが舞い込みます。帆乃佳さんが勤める全酪連などで組織する『一般社団法人全酪アカデミー(以下、アカデミー)』が設立されたのです。アカデミーでは、酪農家になりたい人が3年間のカリキュラムで座学と現場研修を通して体系的に酪農経営を学ぶことができます。また、正会員である全酪連と(一社)全国酪農協会のネットワークで、後継者を探す全国の牧場とマッチング。アカデミー卒業生が受け継ぎやすい規模や条件の牧場を見つけて紹介しています。さらに、月給や住宅補助、社会保険なども完備。就農に向けてサポートしてくれる、言わば「酪農家の学校」です。
「これほど私たちの目標に合う組織はないと思いました。当時の上司に相談したところ、職場を辞めることになるにも関わらず『酪農家になるためなら応援するよ』と快く送り出してくれました」と帆乃佳さん。2022年、一足先に純真さんが、その一年後に帆乃佳さんが入職しました。
当初は3年間のカリキュラムをこなす予定でしたが、思いもよらぬ速さで幸運な出会いが訪れます。その相手は、牧場の先代経営者である佐藤勝さんです。佐藤さんは、牛の管理や乳量において地域でトップクラスの成績を誇りつつ、年齢を理由に引退を考えていました。
二人が佐藤さんの牧場へ見学に訪れた時、現場での経験を積んだ純真さんは牛舎の中を一目見て、「良い牛がそろっている」と確信。帆乃佳さんは「引退を決めた酪農家さんは繁殖管理をやめている場合も多い中、勝さんの牧場は繁殖成績も抜群。後継牛の確保もされていて、機械や牧草の圃場もきれいに使われていたので、受け継ぐには最高の条件でした」と振り返ります。
佐藤さんも二人の熱意を感じ、「彼らになら牧場を預けられる。良い人が見つかってよかった」と快諾。さらに、引退後も出来る限りサポートする条件で経営移譲が決まりました。

先代、地域の人の支えを受け、ついに夢だった酪農家に
酪農業の経営移譲は、いくつか方法があります。例えば、規模によって一部をリースにして段階的に譲渡する方法も。対して佐藤さんと髙橋さん夫婦の場合は、施設や牛、機械を含めて第三者評価の上で価格を決定し、自己資金に加え融資制度や補助金も利用して、すべて買い取りする形になりました。
後継者が見つかって喜んだのは、佐藤さんだけではありません。地域の人たちもまた、新規就農者となる二人を歓迎しました。就農の受け皿となる福島県酪農業協同組合は、譲渡に関する書類の作成、日本政策金融公庫の融資制度「青年等就農資金」の利用、事業計画の作成などをアカデミーと共に全面的にサポート。受け入れ自治体の塙町も、福島県からの補助金の申請などをバックアップしてくれました。
そして、2023年11月1日。牧場での半月の引き継ぎを経て、二人はいよいよ『らっきーべこファーム』としての一歩を踏み出しました。「らっきー」は、夢だった酪農家になるためにさまざまな縁と幸運に恵まれたという思いから。「べこ」は東北地方の方言で牛を表しています。
移譲が決まった後も、前日まで牧場主として経営していた佐藤さん。移譲前の10月には自己最高の乳量を叩き出したそうで、最後まで牧場に愛情と誇りを持ち、髙橋さん夫婦にバトンタッチしたことが分かります。「トップギアの状態で経営を引き継いでくれたことで、ますます感謝と尊敬の思いが強くなりました」と帆乃佳さん。
そんな状況から始まったとは言え、酪農経営は初心者の二人。順風満帆にとはいきません。繁殖障害が起きたり、乳量が減ったりと、自分たちの知識や技術の未熟さを痛感させられる毎日でもありました。そんな時に助けになるのが、佐藤さんからのアドバイス。佐藤さんには給与を支払う形で条件を取り決め、二人は現在も技術指導を受けながら酪農家としての実力を高めています。さらには、周囲の畜産農家や林業家の人たちも「スーパーマンみたいな方ばかり」と帆乃佳さん。トラブルの時に助けてもらうなど、頼もしい方がいっぱいです。
2024年4月には髙橋さん夫婦に息子が誕生しました。帆乃佳さんは産後1カ月間、埼玉県の実家に里帰り。その間、残った純真さんは酪農ヘルパーを利用し、佐藤さんの支えも受けて乗り切りました。現在は保育園に息子を預け、交代で送迎をしながら子育てと牧場経営を両立しています。「将来、子どもに酪農の仕事を誇ってもらえるように」という思いが、二人の原動力の一つです。

酪農経営者として力を付け、次世代が受け継ぎたい牧場に
「酪農家としての生活が目標だったので、まずはそれが叶ったことがうれしい。まだまだ大変なことも多いですが、少しずつできることが増え、牛の個性が見えてくることも楽しいです」と笑顔を見せる帆乃佳さん。一方、純真さんは「妻が楽しそうにしている、それだけでいい」と一言。そんな純真さんのことを、「私の願った道を一緒に歩んでくれる彼と出会えたことが幸運。その気持ちに応えて頑張っていきたいですね」としみじみ話します。
今後の目標として、第三者継承を経験した人ならではの言葉も。「自分たちが引退する時に、勝さんと同じようにトップギアで牧場を渡したい。酪農家を目指している人が『ここでやりたい』と思ってくれるような経営を目指します。また、誰でも経営移譲できるように、働きやすい作業動線、飼養管理を工夫できたらと思っています」。
牧場と共に佐藤さんの思いも受け継いだ帆乃佳さん・純真さん夫婦。将来を見つめて、ひたむきに進んでいます。
