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2026.09.28
  • コラム
未来は自らの手で拓く。一人前の酪農家を目指して。

自由な選択肢の中で、選んだのは酪農だった


「両親からは、〝自分のやりたいことをやりや〞と言われて育ってきました。牧場を継いでほしいと言われたことも一度もなかったけれど、今、酪農を自分の職業にしたいと思っています」
 そう語る正井健雄さん(23)は、実家の正井牧場で〝見習い〞として技術力を磨いている真っ最中。地元の普通科高校から動物関係の専門学校へと進学し、接客業を経験した後、2025年から本格的に酪農の世界に足を踏み入れました。
 兵庫県神戸市にある同牧場は約60年前に祖父が立ち上げ、現在は父の浩也さんが経営を行っています。健雄さんは3人姉弟の末っ子長男。現在は、2番目の姉と一緒に牧場の作業を手伝っています。
 姉弟がそれぞれ酪農以外の道へと進む中、実は同牧場では数年前まで将来的に牧場経営をリタイアすることも視野に入れながら、牛の頭数を少しずつ減らしていました。牧場を継ぐことを決めた健雄さんが実家に戻ってきたのは、まさにそんなタイミングでした。

全ては自分のやり方次第 職業としての魅力に気づいた時


 子どもの頃から子牛の哺乳など、牧場の仕事を率先して手伝い、動物好きだったという健雄さん。牛はいつもそばにいる身近な存在で、牛と触れ合う楽しさもありました。一方、接客業へ同じような情熱を傾けられず「このまま、今の仕事を続けていくべきだろうか…」と考えるようになったそうです。
 自身の原点である酪農に再び目を向け始めたきっかけは、同牧場も所属する兵庫県のハイクオリティミルク農業協同組合(HQM農協)の代表理事組合長や職員たちが語る〝今と未来の酪農の姿〞を耳にしたことからでした。それまで漠然と酪農に抱いていたのは、「毎日忙しくて、儲からない。どちらかと言えば、縮小していく産業」というイメージ。しかし、おいしい牛乳を生産するための取り組み(乳質改善)や、最新設備を使った効率化などを知ったことで、「自分のやり方次第でたくさんの可能性がある。とても面白い仕事」と気づきます。それは、健雄さんの目の前に進むべき道の扉が開いた瞬間でした。

成果は牛が返してくれる 確かな実感がやりがいに


 健雄さんは現在、正井牧場の作業を手伝う傍ら、近隣のさまざまな牧場で研修する日々を送っています。その一つが同じ神戸市内にある増田牧場での餌やり、掃除、搾乳といった日々の作業。一つひとつが学びの場になっています。
 例えば、搾乳作業の時には、餌の与え方によって乳量が日々変化するのを目の当たりに。搾乳方法が乳質の向上につながることも知りました。また、同牧場では牛の体調管理を特に徹底しており、牛に異変があればすぐに治療を開始します。体調管理は乳質に直結し、しっかりと手を掛けるほどに、結果がダイレクトに返ってくるそうです。「そういう瞬間に自分たちが牛を育てていることを実感でき、やりがいを感じますね」と健雄さんはほほ笑みます。
 優れた経営を実践しながらも、常に新たな技術を模索して改善に挑戦し続ける増田牧場の姿勢は、健雄さんにとって大きな刺激になっています。

父との対話を重ね 乳質に少しずつ変化が


 さまざまな牧場での研さんは、実家の飼養管理にも生かされ始めています。正井牧場では牛の長命連産(※1)に力を入れる経営を続けていますが、「牛を大切に飼ってきた父のポリシーを念頭に、より良質な生乳生産を目指したい」と作業方法の改善などについて、父親と話すようになりました。
 「最初は耳を傾けてもらうのが難しかったですが、決して頭ごなしに否定する人ではないんです。なぜその方法を採用するのが良いのかを、〝納得させてみろ〞という感じかな。もちろん父親自身も新しい技術については知っているんですが、現状でうちの牧場経営に取り入れない理由はなぜなのか。それを僕なりに考えさせてくれるんですよね」
 経営者としての父との対話、そして思考の時間。それらを根気よく重ねる中で、徐々に乳質改善の取り組みを任せてもらえるようになり、正井牧場の乳質はさらに向上しています。

「悩みも皆で乗り越える」 信頼のおける応援団の存在


 神戸市は「神戸牛」をはじめとする和牛生産が盛んで、正井牧場のある神戸市西区はどちらかというと稲作が中心。酪農はそれほど多い地域ではありません。そのため、健雄さんと同年代の酪農家がほとんどいないのが実情です。そうした地域の事情がありながらも、酪農を継ぐ決断ができたのには理由があります。それはHQM農協の存在でした。
 同農協の役割は、安定した酪農経営と次世代を担う後継者が育つ環境を築き、酪農家の自立を促すこと。設立以来、多様な補助制度や無利子分割払い制度といった独自の仕組みを整え、酪農家の負担を極力減らす支援を行っています。また、月3回行われる乳質検査の結果を44戸の全組合員に公表するなど、組合員同士が切磋琢磨し、情報交換しながら乳質向上を促す役割も担っています。
 「何かあっても一人で悩むのではなく、皆でどう乗り越えていくかを考えられる安心感があります」と話す健雄さん。信頼のおける〝応援団〞の存在が「できないことは絶対にない」という自信へとつながっています。

事業規模の拡大を見据えて 牛舎の新築を計画


 健雄さんの当面の目標は、現在の牛舎で飼える最大限の40頭まで牛を増やすこと。さらに、牛の健康を保ちながら、1頭から1日に搾る量を増やしていくことです。数年後には農林水産省の畜産クラスター事業(※2)を活用し、牛舎を新築することも検討しています。新牛舎では、飼養頭数80頭と現在の2倍の規模へ拡大を目指し、地域の中核を担う牧場の姿を描いています。そして、牛が自由に歩き回れるフリーストールを採用し、ミルキングパーラーを導入する予定です。
 また、暑さ対策についても検討中だとか。特に近年の全国的な猛暑は、乳牛(特にホルスタイン種)にとっては厳しい環境で、子牛を産むサイクルにも影響を及ぼします。牛も人間と同様に、子どもを産まなければお乳を出しません。子牛が産まれるタイミングがずれることは、酪農経営にとっては収入が減ること。現在は牛の毛刈りをして少しでも熱を逃すなどの対策を行っていますが、今後は牛舎内の扇風機の改良や散水なども考慮に入れた牛舎作りを考えているそうです。
 「一人前の酪農家として事業を継承することができたら、もっと良質な生乳が搾れるように牛を育てていきたい。そして、おいしい牛乳を、ぜひ皆さんに飲んでもらいたいですね」と健雄さん。これからの時代の酪農を見据え、しっかりと前を見て進む酪農家の卵を、両親はもちろん酪農家の諸先輩たちや組合職員たちも共に支え、見守ります。
 受け継いできた酪農を守りながら、もっともっとおいしい牛乳を作りたい―。牧場のさらなる発展を夢見て歩き出した、未来の酪農家がいます。

※1 牛を健康的に長く飼い、分娩を繰り返しながら生涯で多くの乳量を搾り、高い生産性を取る方法。
※2 酪農・畜産の収益性や持続性、社会的価値を高めるために必要な施設整備や機械導入などを支援する農林水産省の事業。

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